つづく日々を奏でる人へ

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祖母を亡くした話

先日、母方の祖母が亡くなりました。

享年九十三歳でした。

 

私と祖母の関係は深すぎず浅すぎず、数年に一度会うか会わないかのなんとも言えない関係だったと思います。物心ついた頃から一緒にいる訳でもなければ、完全に切り離せるほど遠いわけでもない、微妙な距離感。

だからこそ、たまに会う時には屈託のない笑みを浮かべ、会えずにいた時間を埋めるように孫の名を連呼する。そんな、どこにでもいる優しい祖母であったように記憶しています。

 

ただ、母から聞く祖母の人物像は私の記憶にあるそれとはだいぶ違い、頑固で、内向的でーーなにより母との折り合いは悪いようでした。そして聞く限り、その原因は祖母の「娘だけに見せる顔」にあるように思われました。その上で、孫に向ける愛情も、また確かに本物で。

娘に見せる顔も、孫に見せる顔も、どちらも素顔。

昔までただ「優しいおばあちゃん」だったその人は、一方で「母を振り回す人」としていつしか複雑な輪郭を帯びるようになっていきました。

 

祖母がどうやらもうあまり長くはないということを聞いたのは数週間前。私は母と兄の三人で、祖母が入居している介護施設へ向かいました。

数年前から自宅での生活が困難となり、施設を転々としていた祖母はその過程で認知症などを患い、徐々に疲弊していきました。

母は根気強く看病に向かい、私も幾度かお見舞いに行った記憶はありますが、いつからかその間隔も空いていき、最後に私が祖母のもとを訪れたのは少なくとも三年以上前になります。

 

ーー先が長くない。

その言葉から覚悟していた以上に、私の眼前で呼吸する女性はあまりに弱々しく。車椅子の上で、誰とも会話することなく、ただ時が過ぎるのを待つように生きる祖母を見て、私は「先が長くない」という言葉を初めて実感として受け止めました。

まともに会話することは出来ず、耳元でゆっくり話しかけることでようやく三回に一回、対話が成立するかどうか。私と兄のことは辛うじて覚えているものの、どうやら私の方を兄と勘違いしているようでした。

 

なんとなく、その寂しそうな姿を少しでも埋めたくて、思いつきで近くに置いてあった犬のぬいぐるみを抱えさせてあげると、祖母はそれを愛おしそうに撫で続け、時折声をかけていました。私は「幼い娘を抱いていた頃を思い返していたら良いのにな」と、ありもしないと分かっていながら、そんなことを願いました。

 

お別れをする瞬間まで祖母のそれぞれの手は、私と兄が分担で、両手で握り続けました。

痩せ細った手を見られたくない、と洩らし、それに比べて二人の手はしっかりしていて良いねと強く握り返してきたので、大丈夫だよ、おばあちゃんの手もしっかりしているよ、と慰めにもならない言葉をかけてしまいました。

祖母がぽつりぽつり、と「寂しいね」「行かないで」と言うものだから、私も兄もなかなか手を離せず、「さようなら」と「またね」のどちらの言葉をかけるべきかも分からず、嗚咽だけが洩れました。どちらの言葉をかけたかはもう覚えていませんが、流石にそこで「さようなら」を言えるような強さは持てず、「またね」に落ち着いたような気がします。

 

実際、その時はそれが今生の別れだとばかり思っていたのですが、私は一週間後に再び祖母に会いに行くことになります。

今度は「先が長くない」より、遥かに切迫した事態という報告を受け。

 

兄はどうしても都合が付かず、私と母で会いに行った時、祖母は殆ど話すことの出来ない状態にまで追い込まれていました。車椅子から専用のベッドに移され、点滴を足に打ち、視線は定まらず。一週間でこんなにも悪化するものか、と現実味のない光景を、どこか目を背けるように眺め続けました。

 

一週間前と同じように手を握ると、確かに私を認識して、そして、もう一方の手は母に向けて伸ばされました。そんなはずないと分かっていながら、私は「もしかしたら二人の間にわだかまりなんてなかったのかもしれない」と楽観的な希望で胸を満たしました。

そんなはずないけど。それでも、出来ることなら最後は幸せに終わってほしい。乳児を抱えるようにぬいぐるみを愛でる祖母を見たあの時から、そんな妄想めいた幻想に私は取り憑かれていました。

 

祖母の枕元にずっと置かれていた私の幼少期の写真を見せ、そこから「この赤ちゃんがこうなりました」と言わんばかりにひょっこりはんの要領で顔を出すと、祖母は昔と今の私を交互に指差し、どこか嬉しそうに口を綻ばせました。祖母が喜ぶ限り、私は顔を出し続けました。

 

呼吸が乱れ、酸素マスクを付けていなければ危ない状態に追い込まれ、それでも祖母はマスクを着けることを執拗に拒み続けました。どうやら息が苦しいかどうかよりも、得体の知れない何かを装着される煩わしさが勝つようで、職員の方と相談し、祖母の意思を尊重することにしました。

「最後まで、おばあちゃんは頑固なままだね」

「おばあちゃんらしいよ」

恐らく、今まで私の知らないところで「娘だけに見せる顔」を見てきた母が洩らすその感想に、ようやく私はうっすら合点が行きました。

 

どれだけその場にいたかは分かりません。

会話の出来ない祖母に、それでも恐らくこれが最後の機会だからと寄り添い続けていては、きりがない。しばらく経って、せめて最後にもう一度だけと手を握ると、それまで半ば夢の中にいた祖母は目を覚まし、起き上がった拍子に呼吸を大きく乱してしまいました。

咽せたいのに上手く咽せることが出来ず、苦しそうに口元を抑える姿が、結局、私が最後に見た祖母の姿となりました。

少しでも安心して旅立ってもらいたいと握った手が結果的に祖母を苦しめる形に終わってしまったことを、今も静かに後悔しています。ただ、あの場で何も言わず立ち去ることが正解だったのかと言われると、その基準は結局、私のエゴによるもので。

 

今も何が正しかったのか、分からないままです。真に祖母にとって正しい行いが出来た自信など、一切ありません。

 

その三日後の朝方、祖母は亡くなりました。

起床時に、母から訃報を聞きました。

 

そして昨日。私と母は、後述の事情で出張先から動けない兄の無念を背負う形で、火葬場に向かいました。

前日から嫌な予感はしていましたが、その日は台風の影響でダイヤが大幅に乱れ、すし詰めの電車に揺られながら私達は、じわりじわりと先に進みました。

 

運転見合わせのニュースを知った前日の時点で火葬場に掛け合うも、既にスケジュールが確定しており、今からの変更は不可能とのこと。当日も事情を説明するも、結局そのまま儀式は執り行われ、私と母は蒸れた電車の中で何も出来ないまま、遠い場所で行われている祖母の火葬を、ただ思うことしか出来ませんでした。

遺骨を分けてもらおうにも、そこへ向かう山手線は入場規制で入ることすらままならず、私と母は、そうして全てを諦め、喪服のまま自宅へと引き返しました。

「やれるだけのことはやったよ」

「おばあちゃんはいつも自分のこと晴れ女って自称してたけど、最後の最後で、おばあちゃんらしいね」

母の寂しそうな、何かを懐かしむような言葉が、その日一日中、私の胸に焼き付いて離れませんでした。

 

_________

 

 

私は、誰かの死に目に会ったことがありません。

家族も、友人も、それ以外の人も。

目の前で誰かが亡くなり、それが焼けて消えていくさまを見たことのない私にとって「死」とは未だに現実味のない言葉であり、現象です。

今回祖母の死を間近で体感し、それでも最後の一瞬を見ることのなかった私にとって、「死」はこれからも遠い未来の出来事のような気がします。

 

そんなはずないのに。

いずれその日は、今にでも訪れるかもしれないのに。

 

私はこの数年間、漠然とした死に怯え、意識的に健康的な生活を心掛けていたように思います。野菜を多く摂り、酒にも煙草にも一切手を出さない。

それは、今幸せだと感じるこの「生」を少しでも永らえさせるための努力でもありました。絵を描くことを、言葉を紡ぐことを、多くの趣味に時間を捧ぐ喜びと有難みを実感しているからこそ、不意の病気や事故などでそれらを奪われる可能性を少しでも低くしたい。その一心で生きてきました。

 

ただ、あの時、満足に話すことが出来ず、流れ行く日をただ生き続ける祖母の姿を見て、生きるとはなんなのか、よく分からなくなってきました。

長生きすることが、幸せなのか。

同じ老人ホームの住人達と日々を過ごせれば、それで満足なのか。

それまでどれだけ満ち足りた人生を送ろうとも、最後に待ち受ける場所が、ただ漫然と日々を送るだけのものなら。

自分は、幸せに旅立てるのか。

充実した人生とはなんだ。

 

訃報を聞いた日、母が私に呟いた言葉を思い出します。

「おばあちゃんが酸素マスクを頑なに拒んでたの、今思うと"もうこんなもので生き永らえさせなくて良い"って意味だったのかもね」

 

死人に口はなく。真意は分からないままで、ただ本当に煩わしいだけだったのかもしれないけど。

 

どっちだったんだろう。それとも、別の意味があったんだろうか。

 

分からないまま、これから私はずっと生きていくのでしょう。祖母が生きたかったのか、そうでなかったのか分からない世界を。

 

最後に、私は結局黙祷を捧げることも、祖母に何かを伝える機会もなかったので、この場を借りてほんの少しだけ。

 

おばあちゃん。今まで沢山愛してくれてありがとう。これからもずっと、頑張って生きていきますので、どうかそちらから、あたたかく見守っていてください。

 

のんより。